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460話◇失敗


馬鹿は、失敗から何も学ばないから同じ失敗をする。


失敗を繰り返せば死んでしまう仕事もあるし、たった一度の失敗が取り返しのつかない事態を招くこともある。

人生は、同じ失敗を繰り返せば惨めに終わってしまう。


馬鹿では自分を生きることができない。

だから、失敗を繰り返す馬鹿ではいけない。



「誰も教えてくれなかったから」。


ん?選択する答えは「人のせい」なのか。

自分の甘さや弱さは放っておくのか?


その甘さは、怠惰であり卑怯な態度である。


甘さは失敗と同等の罪。

そこには真剣さが足りない。


そもそも、なぜ真剣にやることを「真剣にやれ」というか?

竹刀だとふざけることができてしまう。

しかし、真剣でふざけてたら大怪我するし死んでしまうこともある。絶対にふざけていられない。



閑話休題。

「誰も教えてくれなかったから」で済ませてはいけない。

それなら自分でやる。自分たちでやる。

「訓練すること。練習すること。学び会得すること。逃げないこと」。

「人のせい」を選択するより、100倍いい答えだ。



男として生まれたからには、最強の男として振る舞い、君臨する。

甘さ弱さとは訣別して、自分の誠を顕現させる。



合宿2日目に

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397話◇勇気


馬鹿だから、学歴がないから、金がないから、前科持ちだから、人脈がないから、どの会社にも雇ってもらえないから、皆んなに無理だと言われたから


当たり前だが、そうやって最初からできない理由ばかり集めて諦めているなら、その人は何もできない。


それは、ただ甘えているだけ。

勇気がないだけ。


できない理由を集める奴は、勇気の無さを隠したいだけ。


しかし、まだ見込みはある。

勇気の無さを隠したいということは、腰抜けの自分が恥ずかしいと心の中では自覚しているのだろう。


臆病を克服したいなら、その恥ずかしさを絶対忘れるな。恥ずかしさから逃げるな。

勇気が無くて、言い訳ばかり巧みになって生きていくというのが人間の生き方だろうか。


無理かどうかは、やってみた後にそれが決める。

山登りと同じだ。

山頂まで行けるかどうかは、自分が決めるのではない。人は人事を尽くすだけ。

山頂に立てるかどうかは、山が決める。

私達にできることは、人事を尽くすことだけなのだ。



「無理だ」「できない」。

そう言って自分の人生を安売りする馬鹿には、何を言っても伝わらない。


自分を諦めた奴、勇気のない奴を守ってあげる義理はない。



己の志の実験に必要な仕事なら、土方でも船乗りでも掃除でも何でもする。

自分の価値を他人に決めさせる必要は全くない。自分の価値は私自身以外の誰からも決めさせない。


その昔、殷の湯王は毎日の沐浴の水を入れる盥(たらい)に、自戒の銘としてこう刻んでいた。


「苟 日新  日新  日新」


苟(まこと)に日に新たなり、日々に新たなり、又日に新たなりと。

人は、時々刻々に変化して進歩発展していかなければならない。



人生は、常に「今」「此処」がスタート地点だ。

自分の志(理想や目標)に誠実に生きる。それが自分のやりたいことだろう。

ならば、自分の志に生きるとは、やりたいことをして生きるということだ。


それができない人の多くは、勇気がないのである。



臆病、甘え、怠惰を自分から一掃すればいい。

勇気、自覚、努力という習慣に置き換える。


人に見せるものは、何にでも立ち向かっていく勇気。



勇気。勇気。勇気。


志を立てたら、勇気を間断なく行動で見せるだけでいい。

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世人余話◇自反の修業


相手が無理無道を言ってきたら。

「ふざけるな、馬鹿野郎!」と言い返す前に、自反する。


「何かこちらが無礼なことをしてしまったのではないか?そうでなければ、相手がこんな馬鹿なことを言うはずはない」と。



それでも理不尽なことを言うなら、再度自反する。


「こちらの誠意が相手に届いてないのではないか?そうでなければ、相手がこんな馬鹿なことを言うはずはない」と。



それでもそれでも相手の無茶ぶりが続くなら、こちらの誠意が通じないのなら、相手は禽獣と同じだ。


禽獣相手に喧嘩しても仕方ない。

馬鹿を相手にしている暇はない。


自反自得して、己の義、目標へ向かう。

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