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530話◇そんなふうに別れたら


そんなふうに別れたら、相手も辛いだろうし、自分だって辛いじゃないか。


最後くらい勇気を出して相手にも自分にも向き合わなきゃ。



相手に伝えるべきは、「勝手にしろ!」じゃないだろう?

本当はあなたを尊敬している。

だから、もっともっと色々なことを一緒にやりたかった。学びたかった。

そして、もっともっと一緒に笑いたかった。泣きたかった




本当に、そんなふうに別れてしまっていいの?

それが精一杯の別れ方なの?


去り際、節度、ケジメ

思っている以上に大切かもよ。

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529話◇節・省・努力


飛びたいなら、飛ぶための努力が必要。

泳ぎたいなら、泳ぐための努力が必要。

稼ぎたいなら、稼ぐための努力が必要。


闇雲な努力や、大事なことを後回しにして、細かいところばかり完璧に仕上げる努力をしても、望む結果は出にくい。


望む結果(目標)に至る道筋は、最初は見えないことも多い。


だから、朝から晩まで努力しても、夜は分析・反省・対策が不可欠。それをしなければ正しい道筋はなかなか見えてこない。


夜は、望む結果に向かう努力をしているかどうかを自ら確認する時間、自分に向き合う時間が必要である。これを「省」と言う。

勉強で言えば、復習である。


努力努力努力。これら一つ一つの締めくくりを「節」と言う。


締めくくりが上手くなることで、飛躍への弾みがつく。


目標に向かう「努力、節、省」の数限りない繰り返し。その中で道筋は見出される。


成長には、

目標へ向かう真摯な努力と、

物事の締めくくりをきっちりやるという「節度(ケジメ)」と、

自らの考えや行動を省(かえり)みて、無駄を省(はぶ)き、努力の方向性を修正していくという営みが欠かせない。


そして、様々な人たちと繋がること。

「自分以外、皆我が師なり」なのだから。



稽古も然り。

「省」があれば、謙虚さが備わり観察眼が養われる。観るべきものが見えるようになる。

「節」があれば、ケジメがつけられる。ケジメはメリハリを作り、陰陽のリズムと調和を生み出す。

そして、人一倍の「努力」が、平凡を非凡へと押し上げる。




目標を掲げたなら、必ず引き連れていくべき相棒たちが、「節度、反省、努力」である。

そして、皆と親しむ。

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316話◇快楽の制御のできない男


例えば映画などで、快楽殺人を犯す者は、怖いもの知らずでとんでもなく恐ろしく描かれることが多い。


現実にも、傍若無人のゴリラのように、無敵に見える男は少なからずいる。

しかし、快楽を求めることを目的として動くのなら、そこには致命的な弱点がある。


それは、快楽の制御を仕切れないという点だ。


欲望の自己統制ができないのなら、よく訓練された者には敵わない。


なぜ勝てないか?


節度が足りないからだ。


映画でも、己の欲望を束ねる義を持ち、節度を持って自己統制し、よく訓練された者に敗れる。



男はみんな節度が無い?

そうではない男たちもいる。


様々な快楽を求める欲求を一つに束ね、理性を究極にまで引き上げる。


理性とは義であり、志だ。これがあるから節度が生まれる。



快楽を求める心 vs. 快楽を束ねる義、志



義や志。政治家でいうなら国家観だ。それを持っていない政治家を信頼できる道理はない。私利私欲(快楽)で事を運ぶか、強靭さが足りないと分かるからだ。


その義と義との勝負だから覚悟が生まれ、面白くなるのだ。



その土俵に上がれるかどうか。

自己満では上がれない。


私利私欲は義に狩られる。

欲望を頼みとして勢力を伸ばそうとする男達は、身の程を知りなさい。

世人余話◇「忙しい」の反対はGW


「忙しい」の反対は「暇」だと思っていたが、、

何かとんでもない思い違いをしていたようだ。


忙しいは、「心を亡くす」

は、「志や目標が無い」

どちらも同じようなものだ。

反対ではない。


「忙」しいとは、節度を過ぎた多くの物事に追われて心を亡くすこと。

すると、心が散漫に、バラバラになる。そこから過ちが生まれる。


その反対は何か。多くの物事から無駄を省き、節をもってバラバラになりそうな心を一つに束ねること。


つまり、「忙」の反対は、「節」(一つに束ねる)「省」(無駄を省く)。



「忙しい」という「~過(す)ぎる」状態から、「過(あやま)ち」は生まれる。過ぎるから過つ。どちらも同じ漢字だ。




「活動」の反対も「休息や睡眠」ではないのかもしれない。


「活動」の反対、「省」か。

「活動」の反対というか、本質かな。


自らを、その志や目標に照らして省(かえり)みることで無駄なことを省(はぶ)き、為すべきことを明確にする。


それが不撓不屈の活動のための前提となる。

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