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538話◇真夏の稽古の要諦(2


⚫︎超回復力を使い切ることでエネルギーの循環が高まる。回復後は筋肉の機能が高まる。

午前、午後、夜、その回復は13回は起こる。


⚫︎イメージ筋肉は脳からの電気刺激で動く。だから、集中して脳の中のイメージを高めれば高める程、本当に使っているのと同じように筋肉がパンプしたり心拍数や体温が上がったりする。


⚫︎リアル直接五感を駆使して筋トレすること。特に触覚から得られる感覚を大切に!


⚫︎陰陽論陰か陽だけでは行き詰まる。陽に傾き過ぎたら自ら陰を生じさせなければ急激に失墜する。それが道理。

そして、「陰陽相交って中となす」の「中」とは、陰陽の折衷ではなく全く別次元の解決策。


⚫︎心気体魂の統一と調和

1.気を丹田に集め、

2.丹田から引き上げた気を、

3.体の動きに合わせて巡らし、

4.拳を突くと同時に気を発出させるイメージ


⚫︎お前はお前、俺は俺当たり前だがそれぞれ別の人間。

戦う時、事を成す時、最後の最後で頼りにできるのは、自分の力しかない。己こそ己の寄るべだ。

そして、全ての生物の奥底にある生存本能の力、そして己の志。これらは逆境をひっくり返す力を持っている。

だから、己を信じて成すべきことを為す。

➡︎生存本能に根ざし、仁義の道を歩き、己の志を達す。


⚫︎鍛えた拳己の信念を貫き、大切なものを守るための力。

今日は終戦記念日。日本人がいくら戦争反対を叫んだところで、侵略して来る国があれば必然的に戦争になる。力のない義は無力。大切なものを蹂躙されて平気でいてはならない。

志を持ったら、力を持つことにためらう必要はない。仁愛と力は別々であってはならない。

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第477話◇意志を強くする習慣 


1.食事

→腹六分、八分、身土不二


2.姿勢を正しく

→各臓器の能力の最適化


3.運動…筋トレ、ダッシュ、武道

→筋トレ…テストステロン、セロトニン、ドーパミン、 βエンドルフィン、ノルアドレナリン


4.坐禅静坐 瞑想 / 日記

→己との対話…誠、不撓不屈、志(目標)


5.意志を明確に!

→曖昧では行動力が落ちる


6.集中して取り組む

→集中しないで取り組むのは、酩酊と同じ。集中して取り組まないと能力は落ちる。


7.悔しいことがあったら、知恵をもらったと思って「ありがとう」。

→感謝、仁愛こそ力の源


8.よく観察して、先回りして動く

→予測能力。これが劣っていると仕事が遅い。

→時間管理より時間単位


9.造詣(専門技術/専門知識)を深く

→意志だけに頼らないこと


10.自分を許し、慰め、労い、励ます

→絶対的自信!造化との一体感。自己批判しない。


11.心を開いて受け取る、繋がる

→なんでもひとりでやろうとしない。


12.相手と差し向かう。逃げない。

→向き合わなければ、結局後悔する。


13.睡眠

→安眠/熟睡、多相性睡眠

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461話◇姿勢


合宿3日目に



例えば、虎は筋トレしない。

でも筋肉すごいね。まぁ、人間と野生動物を単純に比較するのは少し乱暴だけど。


知り合いで、ジムで鍛えている人がいる。


一方、ジムに行ってないのに鍛えた身体の人もいる。


筋トレしてないのに、鍛えられた身体というのは一体どういうことか。

その人は野生動物なのか?


そうかもしれない。


 …そうでないかもしれない。

意識、身体の姿勢、身体の使い方、物事に取り組む姿勢や「生き方」が、その人の姿形を作り上げていく。


生き方とは、金太郎飴のように、その人のどこを切り取っても見出すことができる姿勢だ。

そして、姿勢の眼目はその「勢」にある。

勢い(流れ)が生じないような「姿」は「姿勢」とは言わない。


例えば、早起き。

これは能力ではなく、その人の姿勢である。

能力というのは一時的なもので、怠けていればとたんに落ちていくが、姿勢はその人の人となりを表す。

早起きの人は、今日一日を主体的に創造していこうという勢いがあるものだ。


だから、仕事をする上でも姿勢がいい人は信頼される。


一番大切にしたい姿勢は、ひとりの時、誰も見ていないときの姿勢。

「誰かが見てるからやる。誰も見ていないからやらない」では、ただの人。


「道着脱いだら、ただの人」では、武道はただの習い事になってしまう。


武道は「道」である。

だから、取り組む姿勢を大切に。生きる姿勢を大切に。ひとりの時の姿勢を大切に。


歯も大切に。

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412話◇恥とは何か


恥とは、耳に心と書く。

耳とは柔らかいという意。若しくは人々の言葉を様々に聞くという意。

そういう耳の心、つまり、柔らかい心、練り上がらずにフラフラとぐらついている心を恥という。


鍛錬を積み、肚が坐り、志や覚悟が決まっているのなら、心はフラフラとぐらつくものではない。グズグズと思い悩むものではない。


心がフラフラ、グズグズしているから、道理や己の道義に背(そむ)く行いをして、面目(人に合わせる顔)を失ってしまう。



「恥」は身体にも現れる。

覚悟や志義が決まっていれば、身体の軸も定まり、動きの中においても芯がブレることは少ない。

何気ない所作においても、凛とした雰囲気を感じさせる人は、身体の芯がブレていないもの。


稽古において、身体の芯がどうしても定まらない人は、より一層の体幹の筋トレ!ではなく、今一度稽古に向かうその姿勢や目標を確認して欲しい。芯が定まらない原因は自らの心に求めるのも一興。




己の志や道がはっきりしているのに、グズグズと思い悩む人たちもいる。

彼等は情に脆い。

しかし、情に脆過ぎたり流され過ぎてたりしていては、志義を見失う。

優しい男たちが陥りやすい過ちである。


そもそも「過(あやま)ち」とは、「過(す)ぎる」と書く。「過ぎたるは猶(な)お、及ばざるが如し」と論語にもあるように、過ぎることは足りないのと同じように正しくない。しかし、「足(あやま)ち」とは読まないように、足りないより過ぎてしまった方が始末に悪いのだ。



情に厚いのは弱さではない。

しかし、情に脆過ぎるのは、やはり過ちである。男が反省すべき弱点である。



そうは言っても、男は「己を知る者のために死す」という一面も持つ。

自分の気持ちを分かってくれる人がいるというのは、何ものにも代え難い嬉しさがある。その人に対しては、弱くもなる。



誇り高く、たまに弱くなり、そして恥を知る愛すべき男たちとの稽古も、何ものにも代え難い。笑

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375話◇意志が存在を規定する


一般的には、「存在や事象が意志を規定する」。

しかし、強き意志は逆に存在を規定する。


世論とともに物事を考えるような人は、全て自分で目隠しして、耳に栓をしているようなものだ。


大切なことは、他人が自分をどう見ているかではなく、自分が彼等や世間のことを、どう考えてやるかということである。


だから、どんな境遇においても主体性を失わない者には、魅力があり面白さがある。



どうなっても心は折れない。目は死なない。

強くてしなやかな心がある。


そういう心を養うことが、稽古を通じて、筋トレや技を通じて会得するものの一つである。


「勇気を出して物事に全力で取り組めるようになった。自分を発揮できるようになった。前に出られるようになった」。

そう思えるようなら、そのまま稽古を続けて下さい。


身につけた形に縛られることなく、その場に応じて自在に活かしていけるようになります。



強き意志は、物事に縛られることはない。

逆に、強き意志こそが物事を規定する。

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