539話◇一夜の夢を見る


「人間五十年 下天(げてん)の内(うち)をくらぶれば  夢幻の如くなり  

一度(ひとたび)生(しょう)を得て 滅せぬもののあるべきか」


この「人間五十年」は、幸若舞(こうわかまい)「敦盛」の曲に出てくる一節。

26歳の織田信長が、桶狭間の戦い(織田軍2,000 vs 今川軍45,000)の出陣前に舞い、また、49歳の時に本能寺で最期を遂げる前にも舞ったとされている。



歴史を振り返ると、

平安の末期に起こった「一ノ谷の戦い(1184年)」で、16歳の平敦盛(たいらのあつもり)は、熊谷直実(くまがいなおざね)の手に落ちてしまう。

海辺を逃げる平家の若武者を追い詰めた直実だったが、息子ほどの若さに驚き、敦盛を逃がそうとする。しかし、味方が追ってきたため仕方なく打ち取る。これを直実の視点から描いたものが、幸若舞「敦盛」。


熊谷直実は、斬りたくない相手も切らなければならない武士の非情さや、世の無情さを感じ、その後出家(浄土宗の法然に弟子入り)。晩年は、敦盛の菩提をとむらい、諸国を渡り歩いて数多くの寺を開いた。

そんな熊谷直実の言葉が、この「人間五十年」。それは、武将として多くの人を殺め、若き命をも奪ってきたことへの償いや、やがて自分も滅びてゆく人生の儚い摂理等を含んだもの。



しかし、織田信長は、少し違う解釈をしていたと思う。私も、「人間五十年」を生きる力としてポジティブに捉えたい。


「人の一生は儚く短い夢のようなもの。

死は誰にでも平等に訪れる。

志を立て、成すべきことを為していれば、死など恐れるに足らない。

己の短い人生を思う存分生きようではないか!」



人の住むこの世の上には、天人の住む天界というものがあるらしい

その天界での1日は、この世界では50年に当たるらしい。


いま、世界の平均寿命(2016年)は72歳(WHO公表「2019年版 世界保健統計」)。

人間の気力体力が盛んな時期を1565歳とすれば、天界での1日は丁度人間の活動の一生の長さ(50年)である。


人生五十年。それは天から見ればたった一日。一夜の夢まぼろしに過ぎない。

一夜きりの夢ならば、せめて面白い夢を見たい。


ただ一夜の夢すら自由に見る覚悟がなくて、何が人間か!

IMG_3598