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459話◇基本と応用


「基本」とは、その根底にある道理を会得して、応用力を養う土台である。

「応用(臨機応変)」とは、展開力であり時中(機に応じ、時に従って事を処する)である。応用力を養うには、基本を学んだら、勇猛果敢にあらゆる経験を嘗め尽くすこと、色々なことを学ぶことが必要である。


従って、事に際しては、道筋をつけ、基本を押さえ、臨機応変に行っていくことが本筋だ。

基本に忠実なだけではちょっと勿体無い。


それは例えばこういうことだ。

ここに、同じ師匠について修行した二人の寿司職人がいるとする。


ふたりとも独立した。

・ひとりは、師匠から学び会得したその技術と知識を活かし、その腕を披露するようにお客さんに寿司を握る。

・もうひとりは、師匠から学び会得した技術と知識を活かし(そこまでは同じだが)、客の立場になって工夫して握る。


ひとりは自分の最高の腕を披露しようと握る。


もうひとりは目の前のお客さんのことを考え、工夫を怠たらずに握る。

例えば、歯の弱い人や年配の人には、そうでない人にはかけない一手間をかける。

イカを、その繊維を断ち切るように包丁を入れたりという一手間である。



実践の場とは、命を躍動させる場所であり、応用力(包容力・展開力)が試される場であり、醍醐味が味わえる場所である。

基本通りにやる場所ではないし、独りよがりでやる場所でもないし、曖昧な態度でやる場所でもない。



基本と応用はお互いに役割が違う。だから、矛盾対立することも少なくない。

しかし、造化(生成化育)へ指向するように、両方伸ばしていく。


それが道である。


夏合宿初日に。

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376話◇戦う


「戦う」とは、自分を晒していくということ。自分で決め、責任を負うということ。


争いにも戦いにも自制はない。

戦い方はそのまま人格の表現である。


自分にルールを課す志と義に順う。

その上で、経(原理原則)と権(応用)を自在に使いこなしていく。そうでなければ、勝ちを取るのは難しい。


なぜなら、誰もが正々堂々と戦うわけではないからだ。


「それは狡い、卑怯だ、非情だ!」と言っても、そんなことを意に介さない相手はいる。


その場合どうするか。負け犬となって泣き寝入りしても始まらない。

悪に対しては大悪で抑えつけることが必要な時もある。



悪には魅力がある。

それは、悪そのものではなく、悪の持つ強さであり凄みに対してである。

だから、悪を肯定するのではなく、その強さと凄みを使いこなすのだ。




皆んな、自分が思っているほどには弱くはない。強いよ。


ただ、気を動転させるから弱く見られる。

心を落ち着かせられないのは、守るべき志義がはっきりしていないからか、やるとなった時に腹をくくってないからだ。

覚悟を決めて腹をくくれば、落ち着いて相手も周りもよく見えるようになる。


そうすれば、経(原理原則)と権(応用)を自在に使いこなし、いい戦いができる。

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