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461話◇姿勢


合宿3日目に



例えば、虎は筋トレしない。

でも筋肉すごいね。まぁ、人間と野生動物を単純に比較するのは少し乱暴だけど。


知り合いで、ジムで鍛えている人がいる。


一方、ジムに行ってないのに鍛えた身体の人もいる。


筋トレしてないのに、鍛えられた身体というのは一体どういうことか。

その人は野生動物なのか?


そうかもしれない。


 …そうでないかもしれない。

意識、身体の姿勢、身体の使い方、物事に取り組む姿勢や「生き方」が、その人の姿形を作り上げていく。


生き方とは、金太郎飴のように、その人のどこを切り取っても見出すことができる姿勢だ。

そして、姿勢の眼目はその「勢」にある。

勢い(流れ)が生じないような「姿」は「姿勢」とは言わない。


例えば、早起き。

これは能力ではなく、その人の姿勢である。

能力というのは一時的なもので、怠けていればとたんに落ちていくが、姿勢はその人の人となりを表す。

早起きの人は、今日一日を主体的に創造していこうという勢いがあるものだ。


だから、仕事をする上でも姿勢がいい人は信頼される。


一番大切にしたい姿勢は、ひとりの時、誰も見ていないときの姿勢。

「誰かが見てるからやる。誰も見ていないからやらない」では、ただの人。


「道着脱いだら、ただの人」では、武道はただの習い事になってしまう。


武道は「道」である。

だから、取り組む姿勢を大切に。生きる姿勢を大切に。ひとりの時の姿勢を大切に。


歯も大切に。

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322話◇静謐な心


自らの

姿勢を整え、

呼吸を整え、

場の空気を整え、


そして

対象をじっと見据え、

こちらから近付いて応対していく。



その応対のリズムを変化させていくのは構わない。寧ろ、時に応じて変化させていく。


しかし、壊してしまってはダメ。


壊す原因の多くは、自らの表現の幼稚さにある。

例えば、言葉が丁寧でなくなったり、

立居振舞に礼節を欠いたり


壊してしまったら、


再度、姿勢を整え、

呼吸を整え、

場の空気を整え、


そして

対象をじっと見据え、

こちらから近付いて応対していく。



お互いに目指すゴールは、一つの地点しかないというものでもない。

落し所は千変万化する。


但し、理想は掲げ、筋道は立てておく。


その時その時、どこまで先に行けるかは、お互いの器量と機鋒(展開力)による。

今より前進して、踏み行うべき大道の上に着地させればいいのだ。


そうすれば、また次に繋がる。

成長・共栄・調和へ向かう。



組手稽古においても然り。

1.姿勢・呼吸を整え、相手・場との一体感を持ちながら対峙する。目的と筋道を立てる。

(三才地・現実)、造化(一触即発)


2.実力に応じて攻者と守者の攻防が展開する。千変万化に応じる。

(三才人・実現)、造化(創造変化)

この局面(2.)での自己の実現の手段が、鍛錬修養して身につけた技術。


3.落し所。成長・共栄・調和の道の上にあるか。次へ繋がるか。

(三才天・理想)、造化(創造展開)

1.「姿勢・呼吸」を整える。

すると、


2.「心」が落ち着き、整ってくる。


心が整うと、


3.「仕草・動作・言葉・態度(立居振舞)」が整ってくる。



姿勢・呼吸を整える修養鍛錬を重ね、

心を養う修養鍛錬が必要。


心の修養鍛錬ができてくれば、自ずから「志」や「目標」が生まれてくる。


そして、その心の上に様々な知識・技術…等、あらゆる物事への取り組み、応対、挑戦等を乗せて、己の成長と周囲や社会への貢献へと自分を進める。


直接目に見えるのは、

1.姿勢と、3.仕草や言葉や行動だ。

2.心は目に見えない。


だから、

「姿勢」を整えれば「仕草・行動」が自然に整うという、「心」をすっ飛ばした考え方もある。


しかし、本筋はそうではない。


姿勢と呼吸を整えるのは、「心」を落ち着かせ、整えるためである。

そして立居振舞とは、整えた「心」が表に現れたものである。


つまり、直接見えない心が本(もと)であり、立居振舞が末なのだ。



どのような心を、整った心と言うのか?

それは、東洋思想の人物論へと譲る。

「易経」は「天行健、君子以自彊不息」と言い、「孟子」は「浩然の気を養う」と言う。が、その話はまたの機会に。


まずは24時間姿勢と呼吸を整える。人間の第二の天性である習慣にする。

それが精神的な骨格、強靭な背骨になる。


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