433話◇勝つために?(2


だから、その勝負に勝っても負けても引き分けでも、まずはその機会を作ってくれた全て(敵、味方、関わった人、環境等)に対し、「感謝」。


その中で、

相手に対して「敬」を、己に対して「恥」を感じることもあろう。

己の成すべきことを為せたかどうか、己を「省みる」こともあろう。



そして、勝負の結果を堂々と威厳と謙虚さをもって受け止める。



その後、次を作れるなら、

次を見据えて己を前に進めていく。

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第432話◇勝つために?


「勝つこと!」を目標とすると、「勝ちたい」という自分の希望になるものばかり集めてしまいがちになる。


しかし、「希望」をいくら集めてみても、それは「戦い」と「勝ち」の因果関係を繋ぐ筋道にはならない。




私が求めるものは、「勝つこと」とは少し違うのだ。

求めるものは、いい勝負を作り上げること。


だから私は、勝つことを望んで勝負に挑むわけではない。


今の自分の最高の「造化」を、堂々と勝負の中に顕現させるために勝負に挑む。

勝つという結果を求めるのではなく、勝負の終始本末を見極め、その時その時に己の成すべきことを為すことを求める。


結果は、行為の延長に現れるもの。

それは自分で決めることではなく、勝負そのものが決めること。時が決めること。



造化の「理」を会得し、筋道を立て、タイミングを見極めて、己の心・技・体・知・徳を堂々と発揮する。



人がやれることは「人事を尽くして天命を待つ」、つまり「その時その時に己の成すべきことを為す」だけである。

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431話◇嘘(2


しかし、人が虚飾を塗り重ね、もっと我欲を満たそうとすることも、

そもそも人間が「造化」の一部であり、その造化は「永久不慊」という「現状への物足りなさ」を常に感じ、理想へ向かっての絶えざる創造と変化を顕現しようとするはたらきである以上、人間の本性の一つである。


造化という道の心(誠)は誰もが備えている。また、我欲を満たそうとする私心も、誰もが備えている。

自己の心には、「道心」「私心」の二つが共存している。


常に在る「物足りなさ(永久不慊)」こそが意志の始まりであり、私心を道心に近付けるかどうかの努力は、本人の意志によるしかない。



「造化」の何億年という絶えざる努力・はたらきが万物を生み出し、そして人間に到ったことを考えてみれば、

人間が生み出す「嘘」に対しては埃を払うよう接しながらも、人に対してはもう少し慈悲深く温かく接すること。

それが、人の道というものだろう。



自分に返り、

「自分はどう在りたいか」

「そのために己が成すべきことを為す」

ここに集中する。


様々な嘘に翻弄されるのではなく、嘘は吹き飛ばすか喰らってしまい、全て己の経験とし栄養としてしまうことだ。

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