第486話◇代償を払う


今年の「中庸」講義が修了した。今回はそのまとめ。


物事は陰陽相対。出来事の「結末」とは、支払ってきた「代償」と言い換えられる。


例えば、テストで満点取った代償(結末)として褒められる。仕事の成功の代償(結末)として給料が上がる…。

代償と結末の間には無数の「縁」が入り込んで引っ掻き回すこともあるが、勇気と努力の代償に手に入れた結末はハッピーエンドにしたい。


ただ、黙っていては何も得られない。

得るための「代償」を払っていないから。


そこで、日々省みることがある。

現実に代償を払っているか。その代償(私の努力)は、望む結末(あなたの笑顔)に相応しいものか。


現実とは、自分のとる行動(欲しいものを得るための代償)のひとつひとつである。その積み重ねが未来を作っていく。未来は予測がつかないことも多いが、己の明確な意志・勇気・目標は足跡を刻んでいく力になる。


「できることは死ぬ気で何でも頑張るか。それとも、もうダメだと諦めるか」。いつだって選択肢は2つある。


雪が、町の景色を真っ白に一変させるように、あなたにも私にも未来を変える力がある。だから、望む結末に相応しい代償(努力)と共に歩いていく。


未来が強く明るく優しい場所であるように。



「中庸」、お疲れ様でした。

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第485話◇Merry Xmas. すべての戦う者たちへ


誰もが、心の中に理性で閉じ込めた怪物を飼っている。その怪物をどう手懐けるかによって、人間は天使にもなれば悪魔にもなる。


自分の中の闇…つまり、心の怪物を自覚してしまったら、もう以前の自分に戻ることはできない。


ようやく戦う相手を見つけたんだ。

男として喜んでいい。


敵と対峙すれば、身体の中から膨れ上がった球が弾けるような、エレベーターやジェットコースターに乗ったときのような、狂おしい感覚に包まれる。


そして、恐怖を上回る高揚感が心を満たす。


今、戦いが始まる。


己の中の怪物と戦いながら、自分の人生は構築されていく。

自分の心の半分は敵で、半分は味方。


戦いの緊張感・緊迫感が、男としての己の目を覚まさせる。


勇気を友とせよ。

自らの戦いに屈するな!

屈すれば闇に飲み込まれたくなければ。


すべての戦う者たちへ。

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第484話◇目は口ほどに…?


目は口ほどにものを言う。

言葉に出さなくても、目の表情で相手に伝えることができる。また、言葉で上手く誤魔化しても目に本心は現れる…と言われることがある。


サービス業では、話し方や笑顔と同様、目つき・目線は大切…とも言われたりする。



目つき、眼差しと言えば、すぐに思い出す無骨な板前がいる。

カウンターごしに時折見せるお客さんへの優しい眼差しと気遣いは、お客さんの心を落ち着かせ、板前に安心と信頼を感じさせる。

彼は、「目の前のこのお客さんには何が必要か」を、その時その時目線の先に感じ取り、先手先手でさり気なくもてなしていく。


そんなプロの職人の目線の先にあるものは何か?目は心の窓だからと言って、お客さんの目ばかり観ているのだろうか?w



昔、「今日は目つきの稽古をする。相手の目を睨み、相手を目で殺せることが目標だ」などと過激なことを教わったこともある。その後何ヶ月も、毎週日曜日には動物園で朝から夕方までトラと睨めっこしてた馬鹿もいる。w


論語には、相手の「行為・動機(行為前)・満足(行為後)」を、視て、観て、察しろとある。

五輪書には、「観の目を強く、見の目を弱く」「近くを遠くに見て、遠くを近くに見る」とある。



つまり、こういうことだ。

近くで相手の目を見るよりも、少し距離を置いて相手の全体を見る方が、相手の目を見るよりも心の動きなどはよく見える。

隠し事をしていないか?

動揺や緊張していないか?

敵意や好意を抱いているか?

寂しいのか?

自信がないのか?

心ここに在らずなのか?w


相手の目にも表情にも仕草にも立居振舞にも姿勢にも声にも肌にも体温にも…心の動きは反映される。

相手の目ばかり見なくても、相手の出す音や雰囲気などに、心の動きは現れる。


それが分かって訓練を積んだ人の前に出れば、何かを隠そうとする意図さえ、しっかりと五感全部で受け止めてもらえる。


口ほどにものを言うのは、目だけじゃない。w

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